正真正銘のスター

a1. 『ドクトル・マブゼ第一部大賭博師』(フリッツ・ラング

a2. 『ドクトル・マブゼ第二部犯罪地獄』(フリッツ・ラング

a3. 『Ms.マーベル』第一話

a4. 『ピースメイカー』第六-八話(ジェームズ・ガン

 

決めた。今日からはヨーロッパ製活劇映画(主にフランス・ドイツ・イタリア、ユーロクライムも含む)を見まくる。今年、残り半年の目標はイルマ・ヴェップ辺りからはじめ、ゲルト・フレーベくらいまでを順に追っていきたい。

 

a1.、a2.

素晴らしすぎて。マブゼ映画の偉大な点は、以下に示すようなあからさまに誇張された、素面で聞いては失笑に値するような台詞(「私は国家と交戦状態にある。そう、私が国家だ」)を声高に主張できてしまうキャラクターを発見してしまった点でしょう。映画では時として「たったの一言」で、画面上に映る全てが揺らぎ、虚実が曖昧となって、力関係までをも覆してしまうことがあるが、ドクトル・マブゼは劇中そればかり。「ギャンブルはギャンブルのためにする」「金は金を生み出す」と豪語する彼は賭けに勝って一喜一憂することはなく、次なる賭を見据える。無尽蔵な体力をもつマブゼを前にすると相手はただ潰れていくだけで(第二部・第六幕で不覚にも眠ってしまった一瞬の隙を突かれて国家権力に先手を打たれるのは何ともマブゼらしい)、そんなマブゼの異常さは、壁に取り付けられたサイズ感が非常に大きな時計によって示される。客観的な視点が介在することになる、しかしラングの撮る時計はそんな冷静には見えず、どこか強迫観念的であり、時間すらもマブゼは支配しているように見えてきてしまうのだから、一体全体どんなマジックが働いているんだ。思い返せば、第一部の副題は、AN IMAGE OF TIMEであり、既に時間について示唆されていたのだった。大賭博師であり、稀代の大犯罪者でもあり、奇術師でもあり、精神分析医でもあり、オカルトも囓っていて、大衆の扇動者でもある…数多ある役を代わる代わる演じまくるマブゼは、正真正銘のスターである。決して、スターが映画に出演しているのではない。さまざまな役どころを演じまくる器としてのスター、という構造がマブゼを責め立てているのである。ひたすらギャンブルのためにギャンブルをするマブゼと迫り来る時計との場面に、そんな構造が可視化されている。そんなマブゼに対し、犯罪の爪があまい、などと言うなかれ。彼は発狂しないと終われないのだから。第一部の中盤までには主要キャラクターはほとんど出揃うのだが、物語が終わりに近づく=マブゼの発狂に近づく予感として、特に第二部、気が狂った人々が次々と死んでいき、残されたキャラクターの数が少なくなることによって示される点は指摘しておきたい。他では中々見られることのない感覚である。

a3.

今後さらにパキスタン風味を醸し出して欲しい。カマラ・カーンは原作では一応インヒューマンズの一員(ポスト・インフィニティサーガ)とのことで、ストレンジにもブラックボルトが出てきたことだし、『インヒューマンズ』を見ないといけない。あまりの評価の低さに中々手が出ないが。コミックでのキャプテン・マーベルそのままのどエロのコスプレ女が出てくる。実写にポップなアニメーション画を書き込むのはすでにクリシエと化した感があり、素直にノれない。『9時から5時まで』『ルーニーテューンズ・バックイン・アクション』『ザ・スーサイドスクワッド』等。本作でもスマホ問題が浮上。これをポップな字体と組み合わせたのはアリ。『ホークアイ』と同じくらい地味な話かと思いきや結構派手で驚いたが、よく考えればキャプテン・マーベルだから当たり前か。

a4.

素晴らしい!ジェームズ・ガン最高傑作。