【映画時評】『コレクティヴ 国家の嘘』

Colectiv (Alexander Nanau , 2019)

 

 

『コレクティヴ  国家の嘘』を見た。オバマ元大統領が選ぶ2020年ベスト映画にランクインしていたそうで、日本では昨年の10月に公開。ルーマニアの製薬会社 Hexi Pharmaによる消毒液希釈問題自体は2016年に発覚しており、もし事件当時本作を見ていたら、これほどの衝撃度はなかったかもしれない。鑑賞中、どうしてもCOVID-19のことが頭から離れない。ルーマニアEU最貧国としても有名で、劇中でも描かれているように、ある患者が、他の患者と一つのベッドを共有しなければいけないほど病床数が不足しているそうだ(ただしこれは熱傷病棟についての情報)。またCOVID-19感染者数に対して死者数の割合が多く、カメラが捉える2016年のルーマニアから現在までの空白の6年間について、どうしても悲観的な想像をしてしまう。政治への不信感が高い国では、やはりワクチン接種なども進みづらいのだろう。

 

アレクサンダー・ナナウ監督『コレクティヴ 国家の嘘』

 

www.imdb.com

 

 

本作での製薬会社や政治の腐敗を摘発する流れは、ライヴハウス・コレクティヴで発生した火災事件に端を発する。出口が一つしか用意されていなかったために多くの死傷者を出してしまったこの火災事件では、不幸なことにも、病院に搬送された後に命を落とす事例が多発しているのだ。そこには「病院側の過失」があったに違いないと推測できる。どのメディアもそのことを報じていない現状に焦りを感じたスポーツ紙・ガゼタのトロンタンは、調査に身を乗り出す。すると病院で用いられている消毒液のほとんど全てが、基準を大きく下回っていたことが判明する。その消毒液は、製薬会社 Hexiから受注したものなのだが、表示の値をごまかし、差分で利益を得ていたことが明らかになるのだ。またトロンタンは、病院と政治の世界との癒着関係を暴こうと取り組む。すると(典型的な、古風なやり方であるが)中抜きされた金を賄賂として献金していたことが明らかになるのだ。保健省の大臣による記者会見の際に厳しく問い詰めるトロンタンだが、「嘘の」製品検査結果によってごまかされる。あまつさえ彼らは半笑いで、壇上で、隣にいる補佐の肩に止まった蠅を手で払う余裕を見せさえする。

 

ここまではカメラは記者であるトロンタンと、その周囲の仲間達、更に遺族の方々を主に捉えるが、保健省の大臣が新たに替わるタイミングで、カメラは大胆にも大臣室の中へと分け入る。ここからはクロスカッティングで双方が提示されていくのだが、この構成が素晴らしい。新たな大臣・ヴォイクレスクは真面目で、懐が深く、撮影と大臣室内への自由な出入りを許可するのだ。巨大な闇を何とか暴こうとするトロンタン/ヴォイクレスクの二人が個人的に顔を合わせる場面は最後まで訪れないが、両者は共に、現状に問題意識を抱き、旧来の政治と医療のあり方を改革しようと試みる者同士である。

 

本作の殆どの場面では、登場人物たちは一切笑みを見せない。思い詰めた、もしくはやや憤っている。深刻な事態に立ち向かっているのだからそれも当然だろう。しかし「笑みの瞬間」は唐突に訪れる。ライブハウスの火事で火傷を負った患者を診る病院の過失により、長期間お風呂に入らせていなかったせいで、患部からはあろうことか蛆虫が湧き(改めて言うが病院「内」の出来事である)、その惨状を伝えるべくとある麻酔医がビデオ映像で告発するのだ。それを見たヴォイクレスクは当の麻酔医から話を聞き、そしてあまりの管理の酷さに思わず吹き出してしまうのだ。現状の悲惨さへの、怒りを通り越した呆れ、さえも塗り替える笑い声。思わずゾッとしてしまった。劇中で、思わず感情を露わにしてしまう場面が、まさかこんな瞬間だとは。それ以降も、ヴォイクレスクは呆れた笑みを何度も浮かべる。ブカレスト市長が保健省を糾弾する様子をテレビで見るとき。選挙の結果、投票率の低さが影響したのか、社会民主党が圧勝してしまったとき。何千万ルーマニア・レウという大金が、人の命を犠牲にしている事実にぶち当たったとき。

 

傑作です。ぜひご覧下さい。