【映画時評】『ムーンフォール』

Moonfall (Roland Emerich , 2022)

 

 

ローランドエメリッヒ新作『ムーンフォール』見た。日本公開は未定だが、待ちきれない!と米国iTunesで。

 

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まず、Moonfall(月落下)というタイトルに嘘偽りのない映画だということは断言できよう。予告編からも確認できるように、地球になぜか月が落下してくるのである。そう言われると「パニック映画」というよく耳にするジャンルにこの映画を当てはめてしまいがちだが、そうではない。本作においては「パニック映画」と「スターウォーズ」とが奇妙に同居している。劇中において隙あらば「スターウォーズ」的なカットを潜り込ませてしまうエメリッヒは、今作においても抜かりなく自身の趣向を明かす。「スターウォーズ」的なカットとは、スペースシャトル小惑星帯を何とか抜けたり、ボールターレット(正確には異なるが)越しの会話や、シャトルがギリギリ通過できる程度の横幅のトレンチを高速で飛行するカットなどである。このような躍動感のあるカットが、本作には数多用意されている。だが、これらはエメリッヒ作品に慣れ親しんでいる者にとっては容易に予想が付くことだろう。ちなみにスペースシャトルに搭載された、瞬間加速装置?「Ludicrous Mode」はテスラ社が開発したモードで、時速0-100kmへの加速がわずか3.0秒という優れもので、こちらも名前に嘘偽りがない(Ludicrous Mode=バカモード)。こんなものが実装されているスペースシャトルが出てくるのだから、スターウォーズ的なカットを撮影する準備は万端である。一応時勢を反映してのことなのかもしれないが。

 

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「時勢を反映」と言うと、本作は製作に中国のエンタテインメント製作会社Huayi-Brothersが名を連ねている。恥ずかしながらかつては私も中国系の会社が製作に参加していると無粋な憶測で作品そのものを揶揄したりしてしまっていたが、本作のアバンタイトルでは、アポロ11号月面着陸のフッテージ映像と共に格好いいモンタージュでHuayiのロゴマークが登場したときには不思議と高揚感が抑えきれなくなる。『三体』や他の書籍でも、近年になって中華SFは盛んに紹介されており、映画においても、聞くところ何か異様な光景を目にすることが出来るそうだ。そんな評判もあってか、最近では中華製作会社のロゴを見るとわくわくしてしまう、という新たな気付きもあった。ちなみにHuayiは『マイル22』や『21ブリッジ』等、手堅く面白い映画を多数製作している優れたエンタテインメント会社だ。

 

エメリッヒ作品のルックは、いつから変化したのだろうか。明確にそのことを意識し始めたのは前作『ミッドウェイ』だが、丁度そこから撮影監督が替わるのである。今作も引き続き担当するRobby Baumgartnerはイニャリトゥ作品や『ゼアウィルビーブラッド』などを撮影した方。一概には言えないが、殊『ミッドウェイ』『ムーンフォール』については、過去作品よりも画面の情報量が増えたと言える。画面の情報量が増えると映画が面白くなる、とは思わないが、そのような情報過多なカットは物語映画においては非=経済的だ。津波でビルが倒壊し、隕石は地盤を揺るがし、遠くでは火山が噴火している地獄絵図をパノラマ画的なカットひとつで収めてしまう。そのカットには登場人物誰の姿も確認できず、物語は停滞するのみで、映像が「見世物」と化したカットと言える。観客が各々好きな所に視線を遣って楽しめるということは、映画において物語を語るために「視線を誘導する」という基本を無視していることに他ならない。『ムーンフォール』においては、倒壊したビルに押し潰されるモブすらほとんど姿を現さないのである。決して、私はこのようなカットを否定的に捉えている訳ではない。ただ、やるならもっともっとド派手にやってくれとは思う。

 

ただ全編を通してそのような演出が貫かれるかというと、そうではない。映画序盤は歴とした物語映画で、敢えて分かりやすいくらいに、暗闇に佇む人物にのみスポットライトが当てられ、シルエットが浮かび上がる。これ以上ないほど分かりやすい視線の誘導だ。だが中盤から、画面は異様なギラつきを見せ始める。画面の前景・中景・後景全てに等しく照明が当てられ、これまでは(見ているにも関わらず認識はしていなかった)ハッキリと見えていなかった後景の山々や海、そして「月」が強烈な存在感を呈し始めるのだ。この映像構成には舌を巻いたし、全てに等しく照明が当てられた映像の異様さが、今後地球を襲うパニックの予兆として立派に機能していることに、新たなパニック映画における映像表現の可能性を見た。そしてまた例えばヒッチコックが『北北西に進路をとれ』で試みた、画面内の点景に過ぎなかったセスナ機が迫ってくる時に我々を襲う恐怖を、本作では月に置き換えたものだとしたら、セスナ機以上にその置換には説得力があるだろう。

 

日本公開が待ち遠しい。