【連載】トニー・スコットvol.1/『ドミノ』死相が見える映画

Tony Scott  vol.1

DOMINO (2005)

 

 

シリーズ連載第一回目は作家トニースコットについて。ここで敢えて彼を「作家」と呼ぶのは巷間で言われる「職人監督」という悪しきイメージを払拭するためでもある。俗に言う企画成立屋では決してない。例えば映画『マイ・ボディガード』は2004年に公開された映画であるが、原作は1980年に出版されたAJクィネル著『Man on fire /燃える男』で、この小説は既に1987年にエリ・シュラキによって邦題『燃える男』として映像化されているが、当初からトニースコットは製作会社に強く働きかけ、自身の監督としての起用を望んだ。だが実績の無い彼は監督することが叶わず、代わりにブラッカイマー×シンプソンの下で1983年『トップガン』を監督したのだ。そして遂に20年越しの企画が実現した。

またスコットのフィルモグラフィーには頻繁に列車が登場する。例えば一般的に列車の印象が薄い『デジャ・ヴ』にも、ワンシーンだけ列車で移動する場面が用意されている。それは爆破事件解決の糸口を何とか見つけようとするダグ・カーリンが司法解剖の現場にへと向かう場面で、職場の同僚は「考え事をするには路面電車が一番だそうだ」と(演じているのはヴァルキルマー)ダグの習性を解説する。何とも美しい細部だ。ダグ・カーリンの人となりを表現する場面であるために美しいという以上に、車外からの光が強いため背景が白飛びしており、一瞬スクリーンプロセスかと見紛うほどの撮影が美しく忘れ難い。ただしスコット作品のため、車内からのダグ目線レベルのバストショットとクローズアップ・列車外からダグの顔を狙った移動ショット等、様々なアングルから撮影されている。このような細部に見受けられる列車撮影へのこだわりから、『サブウェイ 123 激突』製作のモチベーションを推測することは可能であろう。本作は脚本家であるブライアン・ヘルゲランドから持ち込まれたリメイク企画だそうだが、実際の列車を用いて撮影をすると決定を下すのは監督である。毎朝早起きしなければならず大変だったそうだが、遺作『アンストッパブル』で再び彼は列車の撮影に挑むことになる。

 

これらのことからも、彼はむやみやたらと監督するわけではなく、自分の好みに合った企画を選別していることが分かる。そして今日取り上げる『ドミノ』も、彼が実現を強く望んだ作品の一本だ。

 

 

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Domino Harvey (本人)

 

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「Heads you live, Tails you died」というドミノの座右の銘が彼女自身の声によって唱えられ、映画は幕を開ける。冒頭は警察署内の取り調べ室。キーラナイトレイ演ずるドミノとルーシーリュー演ずる警察官とが対面している。リューがドミノのためにコップに水を注いで差し出す動きや、鉛筆を削る動作が寄りの画で細かく速いカッティングで挟み込まれる中、リューが真っ直ぐドミノを見つめる眼差しが印象に残る。対するドミノは横目で見遣る。そんな彼女による供述から過去が回想されていく。

 

回想される過去には、ドミノの職業「バウンティハンター」に関するものだけではなく、彼女の幼少時の思い出やモデル時代の思い出も登場する。取り調べであるにも関わらず事件と関わりの無い自身の過去を詳らかに述べてしまう辺りが面白いのだが、日本人唯一のバウンティハンター荒木秀一さんもご著書『バウンティハンター 日本人でただひとり殺しのライセンスを持つ男』にて、いきなりかつての武勇伝や自慢話が始まったりする。これはバウンティハンターあるあるなのだろうか。

 

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舞台は移りメキシコの牧場。ドミノ含む3人の男女が銃火器を持って家に押し入ると、いきなりこちらに向けて発砲してくる者が。撃ってきたのはそこに住む老婆で、ショットガンを手にして息子の名前を叫んでいる。3人は壁を背にして老婆とは距離をとり、両者とも膠着状態に。埒が明かない、といらだった3人は息子の切り取られた腕を老婆に向かって放り投げる。それまでは素早いカッティングによってお互いの距離感は映像的に掴めないままであったが、この「放り投げる」という動作によってはじめて両者の位置関係が明確になる。これにより場の緊張感も一層高まる。グロテスクに切断された腕を見た老婆は荒ぶり、「息子の安否を確認させろ」と要求する。ここで事態が動き出す。「放り投げる」という動作は、キャラクターが動き出すキッカケでもあるのだ。息子を連れてくるために家の外へ出たチョコはバンに監禁されている息子を引っ張り出し、再び家の中へ。ここでは風に流されるタンブルウィードが画面に味わいを加えている。

次に詳しく見たいのは、保釈保証人セミナーの休憩中に会場を抜け出して参加費をだまし取ろうとするエド・チョコと、それに気付いて追いかけるドミノのシークエンス。チョコは表からではなく、トイレの小窓から逃げだそうとするが、出た先は地上3階ほどの高さ。ここでチョコはまず手に持っていた袋を地上へ向かって放り投げ、その後自身も飛び降りる。先にモノを「放り投げる」ことで高さを演出しているのだ。

 

このようにスコット作品では素早いカッティングと極端に補正されたグレーディングに目を奪われがちだが、人と人の空間的な位置関係や人物が立つ場と、それによって生まれる緊張感を映像的に理解させる手腕に長けていることが分かる。そのため、何気ない仕草が印象に残る。この距離を計算した撮影は、例えば『サブウェイ 123 激突』とオリジナル作品『サブウェイパニック』を比較するとより分かりやすく違いが表われている。そして特徴的な素早いカッティングは、MTV的な手法というより、役者の細かい仕草を観客に印象づけるための語り口であることも分かる。殊『ドミノ』に限って言えば、幾分やりすぎではあるが。

 

 

 

さて、本作の主人公ドミノ・ハーヴェイは実在の人物であり、1969年に英国で生まれ、2005年6月27日にオーヴァードーズで亡くなっている。アメリカ本国でのプレミア公開が2005年10月11日であるため、公開を待たずして鬼籍に入ったことになる。なお完成版を観る機会があったかどうかは不明。

父親は俳優・ローレンスハーヴェイ(『影なき狙撃者』『殺しのダンディー』)、母親はポーリーンストーン(Vogueのモデル)と芸能一家に生まれた彼女は当時4歳の頃に父親を亡くしている。劇中二度にわたってテレビ画面に『影なき狙撃者』が映され、それをドミノが見る場面が用意されているが、実際には父親が出演している映画を見ることは決してなかったそうだ。母親の影響でモデルをやっていた時期もあるが、ダサいし面倒くさいから辞めてしまう。「アメリカのモデル界の陰湿さに辟易しているやつらは生っちょろいね、イギリスはその100倍ヤバい」と劇中でも仰っています。父の死後はイギリスから渡米しビバリーヒルズに移り住むが、そこで金持ち共と生活をする毎日にも嫌気が差し、ある日新聞の求人広告で見た「バウンティハンター募集」の文言につれられ追い込み稼業の世界へ。女性は珍しかったが決してドミノだけではなかったそうで、荒木さんも同僚・キャシーのことを紹介している。

 

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実際の記事。この記事により彼女は一躍有名に。直後にトニースコットとは出逢っている

 

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実際の死亡記事

 

両親は、アンソニーマン監督作品『殺しのダンディー』(67)で少しだけ共演している。ポーリーンの数少ない映画出演作品である。二重スパイとして四苦八苦する主人公を描いた恐ろしい映画であるが、実はこの映画の撮影中にアンソニーマンは心臓発作で急死している。61歳であった。『エル・シド』撮影のためにスペインに赴いたことで体調が悪化していたそうだが、あまりにも急で、なんとも残念な死である。急遽ローレンスハーヴェイは監督代行を務め、西ベルリンという異境の地で映画を完成させた。そんなローレンスもその6年後に45歳という若さで急死。そして娘のドミノは映画公開を待たずして35歳で亡くなる。

著名で、荒木さんのご著書でも何度も言及される保釈金保証人バウンティハンターであるラルフ・パパ・ソーソンを題材とした映画『ザ・ハンター』に主演しているスティーブマックイーンも、癌により作品完成後に亡くなっている。50歳。

駆け出しの頃にトニースコットを支えたプロデューサー・ドンシンプソン(『トップガン』『ビバリーヒルズコップⅡ』『クリムゾンタイド』『デイズオブサンダー』)も1996年に53歳で他界した。

そしてトニースコット自身、2012年に橋から飛び降り自殺をし、68歳で死亡。『アンストッパブル』が彼の遺作となった。

 

と、この『ドミノ』を起点に様々な死が並ぶ。制作助手なり録音技師なりを辿っていけば更に増えることだろう。ここからこじつけてオカルトを語りたいわけではないが、嫌でも鑑賞中に死のイメージが頭から離れない。『ドミノ』を早すぎたトニースコットの死と紐付けて鑑賞する態度(つまり、生き急ぎすぎた映画、ということ)には肯定も否定もしないが、気持ちは分かる。私も何度か画面上に「死相を幻視してしまう瞬間」があることは認めよう。『トップガン』や『アンストッパブル』、はたまた『殺しのダンディー』にはそんな瞬間は訪れないのに、どうして『ドミノ』だけ。

思えばこの『ドミノ』という映画は、トニースコットのフィルモグラフィー上でも異彩を放っている。前作は『マイ・ボディガード』、次作以降は『デジャヴ』『サブウェイパニック 123 激突』『アンストッパブル』。どれもデンゼルワシントンとのコラボ作品の中で、ぽつんとドミノだけが浮いている。

ドミノは幼少期に金魚を飼っていた、という設定がある。これは『マイ・ボディガード』のダコタファニングから譲り受けた設定で、実際のドミノの過去を基にしてはいない。そして2作品を中立つ2004年の映画『Orange Agent』も、金魚をモチーフとした短編である。そして『マイ~』『ドミノ』のような過剰なエフェクトやローシャッタースピードによる撮影も散見される。ただし『Orange Agent』はれっきとした列車映画でもあり、この作品を起点に『アンストッパブル』に至る流れを見ることも可能だ。また『マイ~』『ドミノ』は脚本家が共通しており、激しいバイオレンス描写も、他のスコット作品に比べると多く見られる。

 

とりあえず現状をまとめてみると、

『マイ~』で試みたバイオレンス描写は、暴力的な印象が薄いデンゼルワシントンが主人公では中々表現し得なかった。そこで『ドミノ』ではキーラナイトレイにその役を担わせる。周りを固める役者も共通している(ミッキーロークやクリストファーウォーケン)。『マイ~』⇒『ドミノ』が精神的姉妹編であるとすると、「金魚」というモチーフが血のつながりを証明するだろう。『Orange Agent』が両者を仲立ちしている。そして三作品ともくすんだ画面を持つ。一方、『Orange Agent』で列車を撮れてしまったトニースコットは『ドミノ』でバイオレンスをやりつくした後、より澄んだ画面を持つ列車映画の道へ進んでいく。

こんな感じになる。すると『ドミノ』に死相が見えてしまう要因は、トニースコット節の撮影手法が極まった、ある意味転換点となる作品であるからなのだろうか。現状ではここまで。ひとまずvol1以上です。

 

・【予告】vol.2

次は大好きな『デジャヴ』について。いかにデンゼルワシントンじゃないとあり得ない映画か。主にデンゼルワシントンがデンゼルワシントンであることに感動するラストについて書きます。

・【予告】vol.3

ブラッカイマー×ドンシンプソンについて。トニースコット作品を軸に据えつつ、主に「映画とプロデューサー」という話になります。

・【予告】vol.4

トニースコットのリメイク作品について。古くさいですが、オリジナル作品とリメイクの細かい演出の違いを徹底検証します。

・【予告】vol.5

トニースコット作品では幾度も、現場/司令室のコンビネーション、現場/司令室/社会間で生まれる軋轢が描かれてきた。その作劇の秘密に迫る。

・【予告】vol.最終

トニースコット作品はどのように受容されてきたのか。そして彼の作品を映画史に位置づける。